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平成 11年 (1999) 5月17日[月] 赤口




主張 重要な防衛・外交情報の保護

【国家機密法】
必要なのは公開法だけではない
 参院ガイドライン特別委員会で行われている新たな「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)関連法案の審議などで「有事法制」への関心が高まっているが、この際、本格的に議論を尽くすべき国の安全保障政策に関するテーマがある。それは、国家の重要な防衛、外交機密を外国のスパイから守り、スパイや協力者を処罰する「国家機密法」の制定である。

 折しも、政府の行政文書を国民の請求に応じて原則公開することを定めた情報公開法が国会で成立した。公開法では外交、防衛、捜査などに関する情報は関係省庁のトップの判断で非公開にできるが、本来、公開法と国家機密法は表裏一体のものであり、同時に検討されるべきであった。二年以内と決められた公開法が施行されるまでに、国家機密法について詰めを急いでほしい。

 国家機密法は名称こそ違え、多くの国で備えられている。重要な国家機密にカギをかけ、それを漏らした者や外国スパイを処罰することは、国家として当然の責務であり、安全保障システムの一環なのである。たとえば米国では連邦法で国防に関する情報を収集したり、外国に通報した者は最高で死刑と厳罰を設けている。

《無防備つきスパイが暗躍》

 ところが、日本では戦後の“平和憲法”の下、スパイを取り締まることを目的にした法律は日米秘密保護法など米軍関係の法律以外にないまま、法制不備の状態が今日に至っている。現行法令では国家公務員法(守秘義務)、自衛隊法(同)などで秘密を漏らした公務員、自衛隊員を罰することができる。しかし、これらはもともと公務員の心構えを示した条文だから、罰則は最高でも懲役一年と極めて軽い。これに対し、同じ国内犯罪でも米軍関係の秘密が対象なら最高で懲役十年と著しくバランスを欠いているのである。

 では日本にスパイが暗躍していないかというと、まったく逆である。「日本はスパイ天国」といわれる。冷戦時代、スパイにとって世界の三大マーケットは東京、ベルリン、ベイルートと揶揄(やゆ)されたこともあった。

 警察庁のまとめによると、戦後摘発された諜報事件は約七十件に上る。記憶に新しいところでは平成九年七月、三十年以上も日本人になりすまし、日本の防衛、政治、経済情報の収集活動にあたっていたロシアのSVR(対外情報局、旧KGB)諜報員が旅券法違反容疑で国際手配されている。

 昭和六十年六月、自民党は「国家秘密法(スパイ防止法)案」を議員立法でまとめ、衆院に提出した。五十五年一月に発覚した自衛隊スパイ事件でスパイ防止法がないばかりに自衛隊法しか適用できず、主犯の元陸将補が懲役一年の実刑と外国では信じられない軽い判決に終わったのを契機に、取締法を求める声が高まったためだった。

 この法案は野党、労組、弁護士会などの反対で継続審議のまま廃案になったが、機密保持に十分威力を発揮する内容だった。まず国家機密を防衛と外交に関するものと限定し、「わが国の防衛上秘匿することを要し、公になっていないもの」と定義する。そのうえで防衛態勢や能力、自衛隊の編成・装備、装備品の構造・性能、外交上の方針、暗号などを列記し、死刑または無期懲役の最高刑を定めていた。

 適用対象も防衛機密にあたる艦船、航空機などの製造に携わる民間企業の社員を含めていたほか、予備罪、陰謀罪を設けていた。

《旧自民党案もたたき台》

 新たな法案をつくるにあたっては自民党案が一つのたたき台になろう。保護対象に防衛、外交機密を入れるのは当然で、それもマル秘の判を押しただけの「指定秘」ではなく最高機密に限定し、重い罰則を科すべきだ。予備、陰謀罪も検討材料だ。過去に摘発された北朝鮮工作員は、日本に潜入して協力者を獲得する組織をつくったり、無線機器、乱数表などスパイ七つ道具を所持していた。予備罪があると、こうした行為も取り締まりが可能になる。

 また最近は軍事転用可能な高度技術が狙われるケースが相次いでいることから、保護対象に民間保有の高度技術を含めるか、あるいは別の取締法制定も検討すべきだろう。

 自民党案が公になった際、マスコミ界から取材活動が制限されるとの危惧が表明された。実は廃案後、再び自民党内でまとめられた修正案で出版、報道機関が公益を図る目的で防衛機密を公表した場合は罰せられないという免責条項が用意された。こうした経緯もくんで、機密の保護と表現の自由とのバランスをとることも肝要だ。

 いま米国では核技術に関する情報がスパイ行為によって中国に流出したという疑惑が持ち上がり、深刻な問題となっている。日本でも事が起きてから、あたふたと議論を始めたのでは遅いのである。